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京都地方裁判所 昭和57年(レ)50号 判決

控訴人

太田富士雄

右訴訟代理人

辻中栄世

森薫生

被控訴人

森貞次

右訴訟代理人

中田順二

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2(一)  別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)につき、控訴人が通行権を有することを確認する。

(二)  被控訴人は控訴人に対し本件土地内に存する長さ約10.83メートル、高さ約1.35メートル、上部の幅約12.5センチメートル、下部の幅約一五センチメートルの上部二段ブロツク積み、下部コンクリート造りの塀(以下本件塀という。)を撤去し、本件土地内において、控訴人の通行の妨害となる一切の行為をしてはならない。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2項(二)につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  袋地所有者の囲繞地通行権(第一次的請求原因)

(一) 控訴人は京都府相楽郡精華町大字下狛小字上新庄一〇九番田二一八平方メートルの土地(以下控訴人土地という。)を所有している。

(二) 被控訴人は前同一〇八番一宅地188.34平方メートルの土地(以下被控訴人土地という。)を所有し、本件土地は被控訴人土地の一撃である。

(三) 控訴人土地は本件土地を含む他の土地に囲繞せられて公路(通称自衛隊道路)に通じない。すなわち、控訴人土地は農地であるが、幅員九〇センチメートルの別紙図面表示の里道(以下本件里道という。)を通る以外に公道に通じない。農業経営は今日機械化が進み、コンバイン等の大型農業機械が必要不可欠であるが、本件里道は幅員が九〇センチメートルと狭いため、控訴人としては本件里道だけでは大型農業機械を通行させることが不可能である。

(四) 本件土地は控訴人土地から公路に至る通行のために必要でしかも囲繞地のため損害の最も少ない場所である。

2  慣習による通行権(第二次的請求原因)

(一) 本件土地一帯では里道を通らなければ公路に出られない土地所有者は、農作業用の農機具、収穫物の搬送のために右里道の両側の土地をその土地の権利者からそれぞれ通行に必要なだけ提供してもらつて農耕用の通路として使用するとする慣習がある。

(二) 控訴人土地は本件里道以外には公路に出られない袋地であり、本件土地は本件里道の西側に接する土地である。控訴人はこれまで本件里道の両側に接する土地をその権利者から提供してもらい、幅員合計約2.5メートルを農作業用の農機具、収穫物の搬送のために通路として右慣習上使用することを認められて来た。

3  ところが被控訴人は昭和五五年秋に本件土地用に本件塀を構築し、現在控訴人の農作業用農機具、収穫物の搬送のための通行を妨害している。

4  よつて、控訴人は被控訴人との間で、第一次的に囲繞地通行権に基づき、第二次的には慣習による通行権に基づき、控訴人が本件土地につき通行権を有することの確認と、被控訴人に対し本件土地内の本件塀の撤去及び控訴人の通行の妨害禁止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の(一)、(二)の各事実は認めるが、同(三)の事実は否認する。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項の事実について、被控訴人が本件土地内に本件塀を構築していることは認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一袋地所有者の囲繞地通行権(第一次的請求原因)について

1  請求原因1項(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

2  同(三)の事実(控訴人土地が袋地か否か)につき検討するに、〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  控訴人土地はその両側を東西に走る公路(通称自衛隊道路)に通ずる道が全くないわけではなく、控訴人土地の西側に沿う本件里道を利用して右自衛隊道路から出入ができる。

(二)  本件里道は幅員が0.9メートルあり、付近一帯が農地として利用されだしたころ(明治時代)から農耕用通路として利用されてきたもので、もともとは本件里道の幅員の範囲内で牛等が通つており、本件里道の東側の農地も本件里道の際まで耕作していたこともあつたが、その後リヤカーや農業機械が普及してからは本件里道を利用する際に、その幅員を何センチかははみ出して両側の土地を踏みつけることもあつた。しかし、そのことについて抗議する者もなく、事実上その程度のことは許されていた。

(三)  本件里道はその東側に接する土地には昭和四六年ころ家が建築され、そのフェンスとの間に本件里道に沿つて幅員約0.33メートルの空地があり、その西側に接する被控訴人土地には本件塀が本件里道に沿つて造られているが、本件塀と本件里道との間に約0.1メートルの空地があり、控訴人は現在本件里道を通る際にその両側の空地を含めると1.33メートルの幅員を事実上利用できるが、それでも最近の大型化された、コンバイン等の農業機械の通行は不可能である。

(四)  控訴人土地は二一八平方メートルの農地で、控訴人の先々代が明治時代に取得し、控訴人が昭和二三年ころまで父親と共に耕作して来たが、その後控訴人が訴外藤田富蔵に賃貸し同人が耕作していたところ、最近は休耕田となつている。

(五)  控訴人土地付近、とりわけ自衛隊道路の南側は宅地化が進み、控訴人土地の東側の土地は昭和四六年ころには家が建てられて宅地化し、控訴人土地を含む周囲の田はほぼ休耕状態にある。

以上の認定事実に基づいて考えるに、農業経営が生産性の向上等の目的から機械化が進み、最近ではコンバイン等の大型農業機械が利用されるに至つていることは公知の事実である。しかしながら、囲繞地通行権は隣地所有者の犠牲のもとに袋地利用上認められる権利であるから、当然袋地の利便のすべてを確保するためのものでなく、その利用に必要かつ不可欠な場合においてのみ囲繞地通行権が発生するものと解すべきである。控訴人土地は面積が二一八平方メートルで農地としては比較的狭く、かつ永年在来の農法により耕作してきたのであるから、これを農地として利用する際に控訴人主張のようなコンバイン等の車幅の大きな農業機械を使用しなければ農耕が不可能であつて、農業経営上著しい支障を招来するものであるとは思われない。

そうすると、本件里道、控訴人土地、被控訴人土地の各利用現況および従来及び将来の各利用状況に加え、本件里道を拡張することにより受ける控訴人、被控訴人の利益、不利益の程度を比較検討すれば、囲繞地通行権の内容が時代の進化と共に変容することを勘案してもなお控訴人主張のように被控訴人土地の一部を犠牲にしてまで、本件里道以上にその幅員を拡張してコンバイン等の農業機械の通行の利便までを確保しなければならない必要性に乏しいというほかない。

したがつて、控訴人土地が袋地であるとはいえないから、控訴人の本件土地に対する囲繞地通行権を認めることはできない。

二慣習による通行権(第二次的請求原因)について

控訴人は、本件土地一帯では、里道を通らなければ公路に出られない土地所有者は、農作業用の農機具、収穫物の搬送のために右里道の両側の土地の所有者に対し一方的に通行に必要なだけの土地の提供を要求することができる慣習があり、本件里道についても農作業用の農機具、収穫物の搬送のため本件里道に接する両側の土地を通路として使用して来た慣習が存在し、控訴人は本件土地につき慣習による通行権を有する旨主張し、原審における控訴人本人尋問の結果でも右主張に沿う旨の陳述があるが、それをたやすく措信することはできない。

農業機械の大型化に伴い、農耕用道路の拡幅工事等の農業改善事業が実施されればよいが、それができない地区においては種々の不都合が生ずるわけであるけれども、だからといつて農業機械の大型化に従い、その通行に必要なだけの幅員を具備するまで一方的に里道に接続する他人の土地を利用する権利があるという慣習法、もしくは事実たる慣習の存在を肯定すべき的確なる証拠はない。しかも、本件の場合、控訴人は、前記認定のとおり本件里道の東側に接する土地には昭和四六年ころ家が建築され、本件里道から0.33メートルの距離にフェンスが設置されているため、被控訴人土地について本件里道から西側へ0.9メートルの距離に至るまでの本件土地につき通行する権利があると主張するが、本件里道の両側でそのような不公平を招くところの慣習があるか、はなはだしく疑問である。もつとも前掲各証拠によれば、(1)本件里道を通行する際に道幅をはみ出して通行してもこれまで特に苦情が出たことはなかつたこと、(2)本件土地のすぐ南西にある南京都学園付近では現在通路の幅員が二メートルになつていること、(3)本件里道の両側の土地の耕作者はこれまで本件里道の際まで耕作せず、何センチメートルか控えて耕作したこともあつたことが認められるが、右(1)、(3)については事実上そうであつただけであり、控訴人主張の慣習による通行権に基づくものではないことが認められる。そして、右(2)についても南京都学園付近の通路が、控訴人主張の慣習による通行権に基づいて現出したものと断定することはできないから、これをもつて、控訴人の本件土地に対する慣習による通行権を裏付けることはできない。

したがつて、控訴人が本件土地につき慣習による通行権を有するものと認めることができない。

三よつて、控訴人の本件土地につき通行権を有することの確認を求める請求及び右通行権の存在を前提として、被控訴人に対し本件塀の撒去及び通行妨害禁止を求める請求はいずれも理由がないから、それらを棄却すべく、これと同旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高山健三 永井ユタカ 原啓)

〈別紙〉

物件目録

京都府相楽郡精華町大字下狛小字上新庄一〇八番一

一 宅地188.34平方メートルのうち別紙図面イ、ロ、ニ、ハ、イの各点を順次直線でもつて連結した範囲内の土地約9.5985平方メートル

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